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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)58号 判決 1977年3月09日

原告 株式会社日本綜合物産

被告 渋谷税務署長

訴訟代理人 伴義聖 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因1ないし3の事実(本件処分及び本件決定の経緯)、同5の(一)ないし(三)の事実(原告が国土企業に対し手付金名下に四〇、〇〇〇、〇〇〇円を支払つた経緯)、本件処分は、原告が詐欺被害金として損金に算入した右四〇、〇〇〇、〇〇〇円を否認したものであること、また、確定申告において転記誤謬による当期利益金過大計上一円があり、本件処分でこれを認容したことについては、いずれも当事者間に争いがない。したがつて、本件の争点は、原告主張の右詐欺被害金の本件係争年度における損金算入の可否である。

二  法人税法は、期間損益決定のための原則として発生主義のうちいわゆる権利確定主義をとり、収益(益金)についてはその収受すべき権利の確定した時を、費用(損金)については履行すべき義務の確定した時期を、それぞれ事業年度帰属の基準にしているものと解される。そして、同法二二条三項は、当該事業年度の損金の額に算入されるべき金額を、別段の定めあるものを除き、収益に個別に直接対応する原価(一号)、収益に直接対応しないすなわち間接対応あるいは期間対応する費用(二号)及び資本等取引以外の取引にかかる損失(三号)と規定し、そのうち特に二号においては当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除くとの規定をおいている。しかし、右の規定は必ずしも同号のみにおける特別の要件と解すべき根拠はなく、むしろ右規定は費用面における権利確定主義を表明したものとみるべきであつて、したがつて同条項三号における損失についても、その確定の概念と要件について他の損金と区別すべき理由は認められないというべきである。

ところで、詐欺等の犯罪その他の不法行為(以下本件に即して単に「詐欺行為」という。)による被害に基づく損失は、右条項各号のうち三号に該当するものと解されるところ、以上によれば、それが法人の当該事業年度における損金の算入することが認められるためには、同条項同号の要件を満たし、右の被害による損失の発生が当該事業年度中に客観的に確定していることを要し、かつそれで足りるものといわなければならない。したがつて、右損失が法人の所得金額の計算上損金に算入されるかどうかは、当事者の刑事訴追あるいは損害賠償請求等の民事訴訟の提起の有無とは関係なく、さらに右に関する刑事判決や民事判決の確定も、それが右損失の事実や額の確定につき一つの要素として考慮される場合がありうることは別論として、直接には関係ないことは明らかである。

しかし他方、税務会計上右の意味において損失が確定したといいうるためには、単に詐欺行為の事実が客観的に存在し、その結果としての被害(損失)が一般的抽象的に発生したということ、すなわち損失事実の確定のみでは足りないのであつて、さらに被害としての損失額が具体的現実的なものとして算定できること、すなわち損失額の確定をも要するものと解すべきである。すなわち、詐欺被害に基づく損失は、法的にはその発生と同時に被害額と同額の損害賠償債権を被害者たる法人に取得させるのが通常であり、またあるいはこれとは別個に保険契約が締結されている場合もあるから、単に詐欺被害の事実すなわち損失事実が確定したというだけでは当該法人の損失は、加害者に対する損害賠償債権の行使や保険金の支払あるいはそれらの可能性の有無等の具体的状況に応じて、その全部または一部につき填補されることが当然に予定されているのであり、その段階においては、損失額は具体的現実的に精算され算定することができないのである。そうである以上右の段階においては、税務会計上の損益計算上の損金に算入すべき損失はいまだ確定していないと評価すべきであり、したがつて一般的抽象的な当初の被害額に基づく損金算入は認められないというべきである。

そして、右の前提事実のうち保険金の点に関しては措き、損害賠償債権の点について検討すると、右の意味における損夫額が確定したといえるためには、当該損失の原因となつた詐欺被害の事実すなわち損失事実が客観的に存在することに加えて、右詐欺の加害者の未判明、失踪、行方不明あるいは回復のみこみのない無資力などにより、被害者の加害者に対する損害賠償権の実現が事実上不可能であると評価されるような特段の事情が客観的に認められることを要するものと解すべきであり、したがつて、右の事情が認められる時期に、かつそれに基づき回収不能となつた額についてのみ、税務会計上は損金算入が認められるものといわなければならない。

三  これを本件についてみるに、原告主張のごとく国土企業の役員らが当初から手付金名下に金員を騙取しようとの意図で本件土地の売買契約を締結したものであり、その事実が本件係争年度において客観的に明白であると評価できるものである(この事実は、前記当事者間に争いのない事実と<証拠省略>を総合すれば一応肯認しうるものといえよう。)としても、右の事実は単なる損失事実の確定にとどまるものであつて、右売買契約に際し原告が国土企業に対し支払つた四〇、〇〇〇、〇〇〇円(原告が右金員を支払つた事実は前記のとおり当事者間に争いがない。)が本件係争年度の損金として算入することが認められるためには、右の事実のみでは不十分であり、右事実の発生と同時に原告が取得した加害者らに対する損害賠償債権の実現が、事実上不能に帰するような前記の特段の事情の存在を必要とするものである。しかるところ、原告は加害者らの本件係争年度中の無資力を主張するが、しかしその点を含め右特段の事情の存在については、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

のみならず、<証拠省略>によれば、別件民事訴訟において、原告(和解参加人)と国土企業及びその役員らとの間で、昭和五一年四月七日訴訟上の和解が成立し、国土企業及びその役員らは原告に対する四六、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償債務の存在を認め、その弁済方法及び履行確保についての周到な約定をなしたこと、また、特に右和解成立と同時に原告に対し八、〇〇〇、〇〇〇円の支払がなされることがとり決められていることが認められるから、他に特段の立証のない本件においては、加害者らが本件係争年度中無資力であつたとの原告の主張は採用するに由ないものといわざるをえない。

そうすれば、原告主張の右詐欺被害金四〇、〇〇〇、〇〇〇円は、本件係争年度においてはいまだ前記の要件を満たしておらず、損失額として確定しているのであるから、したがつて、これを右年度の損金に算入することはできないというべきである。

ちなみに、本件における経理処理の方法について検討を加えると、原告が支払つた手付金は当初は前払金として計上されるべきものであるが、損失事実が確定した時期においては、これを填補される数額が不明なものとして未決算勘定等の科目にあらためる処理をしておき、さらに後に損失額が確定した時期において、右科目を精算し貸倒損となつた部分について損益計算上の損金に算入すべきであるということになるのである。

四  なお、さらに付言するに、損失事実が確定した時期において損益計算上の損金に算入すべき損失は税務会計上いまだ確定していないとみるべきことは前記のとおりであるが、必ずしもそのようには解さず、右の時期においても当初の被害額が一般的抽象的な損失としては発生し、同時にこれと同額の損害賠償債権が発生しているのであるから、経理処理としても前記の方法によることなく、右の事情に各別に対応するように被害額全額を損失(借記)として計上するとともに同時に同額の損害賠償債権(貸記)を計上し、さらにこれらを税務会計における損益計算上の損金あるいは益金としてそれぞれ同時に算入あるいは計上する経理処理も不当とはいえず、許されるものと解すべきである(そして、損害賠償債権について前記のような特段の事情が認められ、その実現が事実上不能であることが明白になつたときは、この経理処理によつてもただちに当該事業年度の損金として処理することが可能であり、この経理処理は、すなわち詐欺行為による損害を損害賠償債権の実現不能による損害におきかえたものである。)。

原告は、右の場合において、損害賠憤債権が益金と評価されるためには、特に係争中の権利については単に債権が発生しその金額が明確に算出できることのみでは足りない旨主張するが、右のような損害賠償債権であつても法人の有する通常の金銭債権と特に異なる取扱いをなすべき理由はないのであつて、原告の主張は失当である。右のような経理処理を前提として、原告主張のごとく損害賠償債権が当事者間で係争中であるという理由で確定していないとすれば、その反面として詐欺行為による被害も確定していないことになるのであつて、その損金算入も否定されることになるはずである。

本件において前記認定事実を前提に右の経理処理をなすとすれば、原告主張の詐欺被害金四〇、〇〇〇、〇〇〇円は本件係争年度の損金に算入されることになるが、他方、同額の損害賠償債権見返益が本件係争年度の益金に計上されることとなり、この場合において本件処分における総所得金額の認定には結論として誤りはないことに帰する。

五  以上の次第で、いずれにしても本件処分は結局適法というべきであり、したがつて本件決定もまた適法である。

よつて原告の本訴請求はすべて失当であるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 三輪和雄)

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